京の歳時記

5月「葵 祭」

葵祭

◆名前の由来
賀茂別雷神(上賀茂神社の祭神)に夢に、母神(玉依姫命、夫・賀茂建角身命とともに下鴨神社の祭神)が現れ、
「我を祀るに葵を鬘(かずら)にせよ」と告げたという。葵の「あおい」は向日(あふひ)の転訛で、農耕の太陽神である別雷神崇拝に基づく。内裏神殿の御簾をはじめ、牛車、供奉者の衣冠にいたるまで、葵(フタバアオイ)の葉で飾られる。

◆現代に伝わる王朝の祭
京都御苑、糺すの森、加茂街道と新緑の都大路を進む「葵祭」の行列は、まるで『源氏物語絵巻』から抜け出てきたかのように、雅な王朝風俗を再現した祭として我々を楽しませてくれる。
祭の骨格をなす祭儀は、宮中の儀、路頭の儀、社頭の儀も、下鴨神社での申込みのあった希望者(人数に制限あり)が拝観でき、一般にいう「葵祭」とは路頭の儀のことをいう。しかし平安の昔より、勅使や斎王が両賀茂神社に参向する路頭の儀を見物することが人々にとっては「葵祭」なのであった。そのために貴族たちの乗る車が押しあいへしあいする様は、『源氏物語』の「葵」の巻に一条大路での“車争い”として描かれている。
また、かつては祭の翌日、還御の儀が行われ、これも見ものの一つ「祭のかえさ」として知られた。


◆王朝絵巻を見る雅な行列
行列は、勅使を中心にした本列と、斎王代を中心にして女人列ともいわれる斎王代列からなる。第1列は行列の先導役を勤める乗尻(上賀茂神社の「競馬」の騎手)を先頭にした検非違使志・同尉、山城使、第2列は御幣物を納めた御幣櫃、馬寮使、本来は勅使が乗っている牛車、第3列は舞人、勅使(四位近衛中将が勤めるため近衛使ともいい、現在勅使はこれには加わらず、代行者が勤める)、第4列は社頭で歌を歌い楽器を奏する陪従、御祭文を奉持する内蔵使、そして馬上姿も凛々しい6騎の女丈夫・駒女(むなのりおんな)、小袿(こうちぎ)を着た高級女官の命婦などを従えた斎王代の行列が続く。


◆観覧券の発売◆

有料観覧席が、京都御所の建礼門前南側・下鴨神社表参道東側に設けらる。(毎年4月上旬から観覧券が発売される。)

予約等の詳細は下記まで
(京都市観光協会:075-752-0225)
(京都市観光案内所:075-343-6655)